大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和40年(ワ)186号 判決 1967年9月18日

原告 大川太郎

被告 松田次郎

主文

被告は原告に対し金七〇万円及びこれに対する昭和三九年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決の第一項は仮りに執行することができる。

事実

原告は、「被告は原告に対し金一四〇万円及びこれに対する昭和三九年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求の原因として、

「一、原告は弁護士であるところ、昭和三二年二月二六日被告より、訴外嶋村幸太郎が昭和三一年一二月二一日神戸地方裁判所に対し被告及び訴外辻本宗作を相手方として提起した神戸地方裁判所昭和三一年(ワ)第一、一三三号所有権取得登記抹消等請求事件につき、応訴の訴訟代理人としての委任を受け、その際、着手金五万円、成功謝金は、和解で終了したとき成功額の一割、全面的勝訴判決を受けたとき金二〇万円、を報酬として支払う旨約し、その頃右着手金の支払を受けた。

二、右報酬契約の締結に際しては、以前被告が原告に訴訟事件(京都地方裁判所昭和二三年(ワ)第八四四号事件)を依頼したことがあり、被告より事件の説明を聞いたかぎりでは、今度の事件がさほど複雑であるとはおもわれず、そして係争物件価格が金二〇〇万円以下という被告の言を信じたこと等の事情から、着手金の額を僅か金五万円と決めたのであり、また成功謝金の額については、右の係争物件価格の一割位に相当する金額と決めることにしたが、原被告間では、前記京都地裁事件の報酬額につき話合いがつかず訴訟(神戸地方裁判所昭和二八年(ワ)第一四号事件)に持込み、裁判上の和解により解決したいきさつがあるので、かような紛争が繰り返えされることを予防する意図より、全面的勝訴判決を受けたときは金二〇万円と取決めたのであり、なお和解で終了するときは、解決する金額が判然とし、少くとも和解成立前に話合う機会があるので、一定の割合を決めておいても争いが生じないということにより、成功額の一割と取決めたのである。右のごとく取決められた報酬額が、原告の所属する神戸弁護士会所定の報酬基準規程(昭和二七年一二月二二日施行)において定められた報酬基準(着手金は目的物の価額の一割以下、謝金は事件解決当時の右価額の三割以下、同規程第四条)の範囲内であることはいうまでもない。

三、受任後の原告は、誠実熱心に事務処理にあたったが、被告とその相手方である前記嶋村幸太郎との間には、他に訴訟事件があり、同事件は被告が一、二審とも敗訴しており、これが受任事件にも関係があって、受任事件が予想外に難事件であることが判り、ために原告は事件の完遂に不測の努力を要し、審理期間は満七ヶ年に及び、弁論期日の指定は約五〇回を数え、取調の人証は双方併せ一六人、書証は双方併せ五五号証の多きにのぼったのであり、その間に裁判所より和解の勧告があって、和解手続は数回続けられ、当該事件の目的物件中最も価値のある同事件目録第七号記載の宅地一九七坪六勺(神戸市長田区久保町二丁目三番の二所在)を前記嶋村に返すかどうかをめぐり折衝が重ねられたが、原告はさらに一奮発すれば全面的勝訴の見込あることを確信するにいたったので、被告にその旨を告げ、和解を拒絶して、立証活動に心根を傾けたのである。

四、かように原告は、受任当時予想しなかった努力を要し、しかも係争物件中土地価格は暴騰するにいたったので、昭和三八年五月一〇日及び同年六月一四日の二回に亘り、成功謝金の額について被告と協議した結果、受任事件につき勝訴判決のあったときは、当初約定の金二〇万円の謝金額を相当価格まで増額すること、右価格は第三者からみて恥づかしくない程度のものとすることを約した。

五、しかして右受任事件につき神戸地方裁判所第一民事部は、昭和三八年一二月一日判決を言渡し、判決主文によれば一部勝訴のように見受けられるが、被告からの依頼の目的はすべて満足を得たので、実質上被告の全面的勝訴の結果となった。

六、そこで、前記約定に基づく成功謝金の適正価額を按ずると、係争物件の判決時における価格は、金一、四〇〇万円以上であり、前記のごとく当初係争物件価格の一割位をもって謝金額とする旨の合意が存したいきさつがあるので、これらの事情を勘案して、少くとも金一四〇万円をもって相当とする。なお、謝金は事件解決当時の目的物の価額を基準として定められることにつき、前記報酬基準規程第四条(一)(Ⅱ)に明記されており、被告はこれを熟知諒承していたものである。

七、よって、原告は被告に対し右金一四〇万円及びこれに対する弁済期(判決言渡期日に支払う約であった)の後である昭和三九年一月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁及び主張として、

「一、請求原因第一項の事実は認める。同第二項中、被告が原告に対し主張のごとき事件につき訴訟委任をしたこと、同事件の報酬をめぐり主張のごとき訴訟が提起され、和解により解決したことは認めるが、その余の事実は否認する。同第三項中、裁判所より主張のごとき内容の和解勧告があり、これを拒絶したことは認めるが、その余の事実は否認する。同第四項の事実はすべて否認する。同第五項の事実は認める。同第六項は争う。

二、原告主張の報酬契約において、全面的勝訴判決を受けたときの成功謝金を金二〇万円と定めた理由は、前記のごとく、かつて原被告間において、被告が原告に依頼した訴訟事件の報酬をめぐり紛争が生じたことがあったので、再びこのような紛争を起さぬよう配慮し、訴訟の成り行きを十分に予想したうえ、予め金額を具体的に明示しておくこととし、そこで原、被告協議した結果、金二〇万円をもって謝金とすることに取決めたのである。したがって、原告が受任後において不測の努力を要したとか、係争物件の価格が高騰したとかの口実をもって、右謝金の増額請求をすることは許されない。

三、原告は、受任以来誠実に事務処理にあたり、そのため不測の努力を要する結果となった旨主張するけれども、それは事件を依頼された弁護士として当然なすべきことをなしているにすぎないのであり、また原告は、裁判所の和解案を拒絶したうえ勝訴判決に持ち込んだのは原告の努力があったからだと主張するようであるが、和解案で問題となった原告主張の宅地一九七坪六勺は、係争物件中最も広く、立地条件が良いので、価値のあるものであったから、これを手放す結果となる和解案には、とうてい応ずることができなかったもので、早晩判決を受けざるをえない情況であったのである。

四、ところで、原告に本件事件を依頼した当時の係争物件の価格は、金一四九万四、〇〇〇円であり、そして成功謝金を金二〇万円と定めたいきさつは前記のとおりであるから、謝金増額請求が適当な範囲において認められるとしても、判決時における係争物件の価格を直ちに基準とすることはできないし、また、本件事件が相手方より控訴されて未だ係争中であり、被告は係争物件を使用収益できない状態にあることを考慮されなければならない。」と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実、及び以前にも被告は原告に対し訴訟事件(京都地方裁判所昭和二三年(ワ)第八四四号事件)を依頼し、同事件の報酬をめぐり紛争が生じ、訴訟(神戸地方裁判所昭和二八年(ワ)第一四号事件)に持込まれた結果、和解により解決したことがあったことは、いずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、本件報酬契約は、昭和三二年二月二六日、原告が被告より事件の依頼を受けると同時に締結されたもので、原告は被告の口頭による説明及び持参の資料により依頼事件の内容を把握したかぎりにおいて、事件の見通しを一応つけたうえ、係争物件の価格が金二〇〇万円程度であるとの判断に基づいて、報酬の具体的条件を話合ったものであり、その結果、(イ)、着手金を金五万円と定めたのは、前記のごとく以前に依頼事件の報酬をめぐり紛争があったにもかかわらず、被告が再び依頼にきてくれた気持を十分に考慮し、原告がこれに応えるべく、一般の場合に比して低額で取決めたものであり、しかも被告の都合にしたがい、内金三万円は当日支払い、残金二万円は六ヶ月以内に支払う旨の便宜を図ったのであり、(ロ)、成功謝金につき、和解で終了したときは成功額の一割と定めたのは、和解の場合は解決金額が具体的に明示されることが多いから、右解決額の一割をもって謝金とする約旨であり、(ハ)、同じく、全面的勝訴判決を受けたときは金二〇万円と定めたのは、はじめ判決時における係争物件の価格の一割をもって謝金とする旨の話合いがなされたところ、被告からの要望により、前記のごとき紛争を繰り返えさないためにも一定金額をもって明示しておくほうが賢明であるということになって、慎重に協議し、原告は自己の前記見通しによれば、依頼事件は複雑とおもわれなかったし、また、係争物件の価格は判決時においてもさしたる変動がないとおもわれたので、結局、係争物件の前記価格の一割に見合う金二〇万円をもって謝金とすることに取決めたのであって、以上のように約定された報酬額は、いずれも、原告の所属する神戸弁護士会所定の報酬基準規程(昭和二七年一二月二二日施行)において定められた報酬基準(着手金は目的物の価額の一割以下、謝金は事件解決当時の右価額の三割以下―同規程第四条―)の範囲内であることを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

二、そこで、原告は、前記報酬契約のうち、勝訴判決の場合の取決めは、被告と協議のうえ、当初約定の金二〇万円を相当価格まで増額する旨の約定が成立した旨主張し、被告はこれを争うので、判断するに、≪証拠省略≫によると、原告は、受任後六年を経た昭和三八年五月一〇日頃、被告に対し、受任以来の事件の複雑、重大化及び係争物件価格の高騰を理由として、前記報酬契約のうち、成功謝金の約定額につき、これを相当価格まで増額してほしい旨を申入れたところ、被告は、右申入を了承し、具体的金額については、後日取決める旨を確約したこと、そして同年六月一四日頃、両者において右約旨を確認したが、その後両者の間で右金額の話合いがつかないまま現在にいたったことを認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

しかして右認定事実に徴すると、前記報酬契約のうち、成功謝金に関する約定は、原、被告の合意により、解除されたものであり、その後においてあらたに成功謝金に関する取決めが成立していない本件においては、結局、成功謝金について別段の定めが存在しなかったことに帰するものといわなければならない。

三、ところで、弁護士の報酬額につき当事者間に別段の定めが存在しない場合においては、事件依頼の際のいきさつ、事件の進行状況、難易の程度、事件終結当時の模様、目的物の価格、その他当事者間に存する一切の事情を斟酌したうえ、適正妥当な報酬額を認定すべきものと解するのが相当である。しかして、本件においては、原告が被告より訴訟委任を受けた事件(前記神戸地方裁判所昭和三一年(ワ)第一、一三三号事件)につき、昭和三八年一二月一二日神戸地方裁判所第一民事部において判決の言渡を受け、同判決が被告の依頼の趣旨に副う全面的勝訴の結果をもたらしたものであったことは、当事者間に争いがないから、すすんで、右勝訴判決を受けたときの本件成功謝金をどの程度の金額をもって至当とするかについて判断するに、

(1)  前叙一、において認定した前記事件依頼の際のいきさつ、ことに、以前にも訴訟委任した事件があり、同事件の報酬についても紛争があったこと、そのためとくに慎重に報酬契約を定め、勝訴判決の場合の謝金を金二〇万円としたこと、着手金が金三万円であったこと、

(2)  前記事件は、叙上認定のごとく、昭和三一年一二月二一日提起され、昭和三八年一二月一二日判決言渡あるまで、満七ヶ年に亘る審理期間を要したこと、そして、原告は、昭和三二年二月二六日同事件の訴訟委任を受けて以来、被告の訴訟代理人として、昭和三二年四月二日の第二回口頭弁論期日に出頭したのをはじめとして、昭和三八年一〇月一七日の第四二回口頭弁論期日において弁論が終結されるまで、合計四一回の口頭弁論期日に出頭し、乙第一ないし第二八号証を提出し、申請し採用された証人は五名、本人尋問は計四回に亘り、そのほか文書の取寄、鑑定の申出、文書提出命令及び調査嘱託の申立などをなしており、かような立証活動を十分になしたればこそ、前記勝訴判決を受けることができたものであることを、鑑定人大白慎三の鑑定結果により十分に窺い知ることができる。

(3)  鑑定人堂内長左衛門の鑑定結果によると、前記判決言渡当時における係争物件の価格は、同物件に賃借権の負担が存するものとして評価した場合でも、低額に見積って金一、四〇〇万円以上の額であることが認められ、前叙認定の受任当時において同物件の価格を金二〇〇万円に見積ったことと比較して、係争物件の価格が著しく高騰していること

(4)  なお、前記事件は、相手方嶋村幸太郎の控訴申立により、現在大阪高等裁判所に係争中であること、そのため被告は係争物件を未だ使用収益できない状態にあることが、被告本人尋問の結果により認められること

等を考慮し、さらに原告所属の神戸弁護士会所定の現行の報酬基準規程(成立に争いのない甲第四号証)にも鑑み、その他本件証拠により認めることのできる当事者双方の諸般の事情を総合して斟酌するときは、結局、同様の観点に立って判断しているので採用しうる鑑定人大白慎三の鑑定結果により認めることのできる、金七〇万円をもって、本件成功謝金額と認定するのが相当である。

四、そうすると、被告は原告に対し、右金七〇万円及びこれに対する原告請求にかかる弁済期(判決言渡時が弁済期であることは、前叙認定の報酬契約に徴して明らかである)の後である昭和三九年一月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

よって、原告の本訴請求は、右の限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田常雄 裁判官 仲西二郎 中山善房)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例